春本版『四畳半襖の下張』(よじょうはんふすまのしたばり)
全文 その7
《山人》
山人曰、一枚の紙ここにて盡きたり、後はいづこの紙へつづくやら、此の一トくだり此れにて終れるものか、
さるにても次の紙片読み見るに、いやはやどうも恐れ入るもの、怪しからぬものなり。
《主人公》
これぞと思ふ藝者、茶屋の女中にわけ言ひふくめ、始めて承知させし晩の楽しみ、
男の身にはまことに胸も波立つばかりなると、後にて女に聞けば、
初会や裏にては気心知れず気兼多くして人情移らずと。
是だけにても男と女はちがふなり。
女は一筋に傍目もふらず深くなるを、男は兎角浅くして博きを欲す。
女は男の気心知りて、すこし我儘いふやうになれば、男は早くも飽きるとにはあらねど、
珍しさ薄らぎて、初手ほどには、ちやほやせず、女の恨みこれより始るなり。
【解説】
〇初会(しょかい)や裏(うら)・・・「初会」は同じ芸者や遊女に初めての客。「裏」は「裏を返す」の略で二会(回)目。「馴染」は三会(回)以上あった客。