『野道』 著:幸田露伴 より一部抜粋 赤字が出題された箇所
東坡巾先生は道行振の下から腰にしていた小さな瓢を取出した。
一合少し位しか入らぬらしいが、いかにも上品な佳い瓢だった。
そして底の縁に小孔(こあな)があって、それに細い組紐を通してある白い
小玉盃を取出して自ら楽しげに一盃を仰いだ。
そこは江戸川の西の土堤へ上り端のところであった。
堤の桜わずか二三株ほど眼界に入っていた。
土耳古帽は堤畔の草に腰を下して休んだ。
二合余も入りそうな瓢にスカリのかかっているのを傍に置き、袂から白い巾に包んだ
赤楽の馬上杯を取出し、一度拭ってから落ちついて独酌した。
鼠股引の先生は二ツ折にした手拭を草に布いてその上へ腰を下して、
銀の細箍のかかっている杉の吸筒の栓をさし直して、
張紙の髹猪口の中は総金箔になっているのに一盃ついで、
一ト口呑んだままなおそれを手にして四方を眺めている。
自分は人々に傚って、堤腹に脚を出しながら、帰路には捨てるつもりで持って来た
安い猪口に吾が酒を注いで呑んだ。
【解説】