『波瀾』(はらん) 著:森しげ より一部抜粋 赤字が出題された箇所
客が来た。玄関に近い自分の部屋から大野は据わっていながらどなった。
「今帰って来た所だ。上がり給え。」
女中の竹が更紗形の座布団と茶を運んで置いて、
「旦那様が奥様にと仰います。」と云いに来た。
それから背後の家に住まっている地主の娘が遊びに来た。
大野は「おう、八重ちゃんか。好く来た。東京からね、おばさんを連れて来たよ」
と云って、八重ちゃんの手を取って富子の傍へ連れて来た。
八重ちゃんは行儀よく丁寧にお辞儀をした。
美しい髪を長いお河童にして、うす赤くふくらんだ顔に、思う儘に手で拵えた様に、形よく目鼻が出来ている。
「おっ母さんはお邪魔だろうと申しますが、大野さんの処へ毎日参りますの。お友達にして下さってよ。」
こんな事を云いながら、富子の体を手探りでさすった。
「貴方のお羽織もお召しも縮緬」と云う。
富子は「好く分かりますのね。わたくしもあなたのお友達にして頂戴な」と云った。
【解説】