『一国の首都』  著:幸田露伴 より一部抜粋   赤字が出題された箇所


 人誰か人の性なからん、人もし真正に自己が人として、

天の下地の上日月照らし神鬼(かんが)みるところに孑然(けつぜん)として独り立てるを自覚せば、

愴然(そうぜん)として懺悔(ざんげ)の暗涙に(むせ)ばざる者幾許(いくばく)かあらんや。

(はる)かに乾坤(けんこん)の終始するところを想い、(あき)らかに人間の生滅するところを観ずれば、

寵辱(ちょうじょく)栄枯の相、利名食色の慾、一切の我執は皆火上の塵、日下の霜と消え去って、

唯人間の拙き所作の連鎖の醜くも()でたからぬさまして、

燃灯古仏の初めより弥勒(みろく)出世の暁にまで張り渡されたるが中の一環子として自己の存せるを認めんのみ。


【語彙説明】

○鑑(かんが)みる ・・・ 〔「かがみる」の音変化〕 過去の例や手本などに照らして考える。

○孑然(けつぜん) ・・・ 孤独なさま。孤立しているさま。孑孑(けつけつ)

○蒼然(そうぜん) ・・・ 色の青いさま。色のあおあおとしているさま。

○懺悔(ざんげ) ・・・ 神仏の前で罪悪を告白し悔い改めること。〔詳細

○暗涙(あんるい) ・・・ 人知れず流す涙。

○咽ぶ/噎ぶ(むせ‐ぶ) ・・・ こみ上げる感情で息が詰まる。また、息を詰まらせながら泣く。

○邈(はる)かに ・・・ とおい。はるか。

○乾坤(けんこん) ・・・ 1.天と地。2.天地の間。また、天下。3.太陽と月のこと。

○栄枯(えいこ) ・・・ 栄えることと衰えること。盛衰。

○利名食色(りめいしょくしょく) ・・・ 「利名」とは、利益と名誉。「食色」は、飲食と女色。

○燃灯古仏(ねんとうこぶつ) ・・・ 「燃灯仏」のことで、釈迦の前世。〔詳細

○一環子(いっかんし) ・・・ 「一環子」とは「一環」に接尾語「子」がついた熟語。



漢検の出題:平成19年度(2007年)第1回 準1級 (十)〔文章問題〕



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