『自転車日記』 著:夏目漱石 より一部抜粋 赤字が出題された箇所
当然の事であるが、西洋人の論理はこれほどまで発達しておらんと見えて、
彼の落ち人大に逆鱗の体で、チンチンチャイナマンと余を罵った、
罵られたる余は一矢酬ゆるはずであるが、そこは大悠なる豪傑の本性をあらわして、
御気の毒だねの一言を遺してふり向もせずに曲って行く、実はふり向こうとするうちに車が
通り過ぎたのである、「御気の毒だね」よりほかの語が出て来なかったのである、正直なる余は苟且にも
豪傑など云う、一種の曲者と間違らるるを恐れて、ここにゆっくり弁解しておくなり、
万一余を豪傑だなどと買被って失敬な挙動あるにおいては七生まで祟るかも知れない。