『富木殿御書』 (ときどのごしよ)   その1 


【ジジイの説明】

 『富木殿御書』とは、法華経の日蓮聖人が、富木常忍宛に、建治三年(1277年)に書いた手紙である。

 この二人は、何度か手紙をやりとりしている。



 『富木殿御書』


【現代口語訳】


  一、 正法(しょうほう)誹謗(ひぼう)した罪について


 妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)の第二巻にある譬喩品(ひゆほん)の文に、

 「もしも人が法華経(ほけきょう)を信ぜずに、誹謗(ひぼう)したり、あるいはこの経を読誦(どくじゅ)したり書き写して受持(じゅじ)する人を見つけて、

その人を軽蔑(けいべつ)したり憎しみ(うら)みを持つようなことをしたら、その人は命が終ったあと、

もっとも恐ろしい地獄に入って永く苦しみの世界を展転(てんでん)とさまよい続けるであろう」

 とあり、また第七巻の常不軽菩薩品(じょうふきょうぼさつほん)には

 「千劫の永きにわたってもっとも恐ろしい地獄に落ち入る」

 とあり、第三巻の化城喩品(けじょうゆほん)には

 「三千塵点劫(じんてんごう)

 ともあり、さらに第六巻の寿量品(じゅりょうほん)には

 「五百千万億那由他阿僧祇(ごひゃくせんまんおくなゆたあそうぎ)

 という途方もない長い間と書かれている。

 また涅槃経(ねはんきょう)にしよると高貴(こうき)徳王菩薩品(とくおうぼさつほん)に、

 「悪象(あくぞう)のために殺された場合は三悪道(さんあくどう)に落ちることはないが、悪友のために殺されたときは必ず三悪道に落ちることになる」

 とある。


【読み下し文】


 妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)第二に(いわ)く、

 「()し人信ぜずして此経(このきょう)毀謗(きぼう)し、経を読誦(どくじ)し書()することあらん者を見て、軽賤憎嫉(きょうせんぞうしつ)して結恨(けつこん)(いだ)かん。

 ()の人命終(みょうじゅう)して阿鼻獄(あびごく)()らん。乃至是(ないしかく)(ごと)展転(てんでん)して無数劫(むしゅうこう)(いた)らん」。

 第七に(いわ)く、「千劫(せんごう)阿鼻獄に(おい)てす」。

 第三に云く、「三千塵点(じんでん)」。

 第六に云く、「五百塵点劫(じんでんごう)等」云云(うんぬん)

 涅槃経(ねはんぎょう)に云く、「悪象(あくぞう)(ため)に殺されては三悪(さんなく)に至らず。悪友(あくゆう)の為に殺されては必ず三悪に至る」等云云。


【原文】








【語彙説明】

〇正法(しょうほう/しょうぼう) ・・・ 〔仏教〕 正しい法(教え)のこと。邪法に対する語。白法、浄法、妙法ともいう。

〇譬喩品(ひゆほん) ・・・ 「法華経」方便品に続く重要な内容であり、「法華経」の七つの譬喩の中の最初の譬喩である。この譬喩は三車火宅の譬えであり、「法華経」において最も有名な譬の一つである。

〇読誦(どくじゅ) ・・・ 〔仏教〕 声をあげて経を読むこと。

〇受持(じゅじ) ・・・ 〔法華〕 正法を信じて心に受け入れ、忘れずに(たも)つこと。

〇展転(てんでん) ・・・ 〔法華〕 法華経の尊く有難いことを、次から次へと伝え広めてゆくこと。

〇毀謗(きぼう) ・・・ そしること。非難すること。誹謗(ひぼう)。

〇書(しょ)持(じ)する ・・・ 書いたものを手に持つこと。

〇軽賤憎嫉(きょうせんぞうしつ) ・・・ 〔仏教〕 他人からの嫉妬を躱すために、自分は不幸だと嘯く処世術。

〇涅槃経(ねはんぎょう) ・・・ 正しくは「大般(だいはつ)涅槃経」。
1.原始仏教の経典。釈迦の晩年から入滅前後までを伝記的に述べながら、仏教の基本的な立場を明らかにする。
パーリ語の原典のほか、諸種の漢訳がある。原名マハーパリニッバーナ‐スッタンタ。
2.大乗仏教の経典。北本涅槃経と南本涅槃経とがある。北本は四〇巻。北大涅槃経・大本涅槃ともいう。
北涼の曇無讖訳。真理そのものとしての仏は永遠であり、生きとし生けるもののすべてに仏の本性がそなわっていると説く。南本は三六巻。

〇千劫阿鼻獄(せんごうあびごく)

 千劫(せんごう) ・・・ 〔仏教〕きわめて長い時間。永劫。

 阿鼻獄(あびごく) ・・・ 〔仏教〕八大地獄の一つで、現世で五逆などの最悪の大罪を犯した者が落ちる、地獄の中で最も苦しみの激しい所。阿鼻地獄。阿鼻大城。阿鼻。無間地獄。

〇三千塵点(さんぜんじんてん) ・・・ 三千塵点劫(さんぜんじんてんごう)に同じ。
きわめて長い時間。三千世界のすべてのものをすって墨汁とし、一千国土を過ぎるごとに一点を落として、ついに墨汁がなくなるまで経過してきたすべての国土を、さらに微塵に砕いて、その一点を一劫として数えた全体の数。

 

〇五百塵点劫(ごひゃくじんでんごう) ・・・ 五百塵点(ごひゃくじんでん)に同じ。
はかり知れない長い時間の意で、釈迦が仏となって経た久遠の年月を示すことば。

〇悪象(あくぞう) ・・・ 〔涅槃経〕 凶暴な象のこと。

〇三悪(さんなく) ・・・ 〔仏教〕身に犯す殺生と盗みと淫欲を行ずるの三つの罪。


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【出典 参照】

 『日本思想体系 14 日蓮』 「富木殿御書」 p.211~216  1977年発行 岩波書店

 『日蓮聖人全集 第四巻』 「富木殿御書」 p.211  日蓮・著 渡辺宝陽・編集  春秋社


  「富木殿御書」とは。

  日蓮聖人が五十六歳のとき、富木常忍(ときじょうにん)宛に、建治(けんじ)三年(1277年)八月二十三日に書いた。

  原文は漢文。定一三七二~一三七四頁。

  『日蓮大聖人 御書全集』 p.969~970 に掲載。

   註:建治(けんじ)元年(1275年)、五十四歳の作の説もあり。



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