曲江(きょくこう) 其の二 作:杜甫(とほ)
【還暦ジジイの呟き】
以前にも書きましたが、杜甫は、
「言葉が人の心を動かせなければ死んでも死にきれない」
と、常日頃、語っています。
凄いですね~。素晴らしいですね~。
詩に人生を賭けたんだなあ~、と、羨ましく思います。
今回の詩「曲江」は二首連作の其の一です。
【原文】
曲江 其の二 杜甫
朝囘日日典春衣 毎日江頭盡醉歸
酒債尋常行處有 人生七十古來稀
穿花蛱蝶深深見 點水蜻蜓款款飛
傳語風光共流轉 暫時相賞莫相違
【読み下し文】
朝より回りて日日春衣を典し、毎日江頭に酔を尽して帰る
酒債は尋常行く処に有り、人生七十 古来稀なり
花を穿つの蛱蝶は深深として見え、水に点ずるの蜻蜓は款款として飛ぶ
伝語す風光共に流転して、暫時相賞して相違うこと莫れと
【現代口語訳】
朝廷の勤務からさがってくると、毎日毎日春の衣服を質入れして、
曲江のほとりで酒を飲み、酔ってから帰る。
酒の借金はいつも行くところ、どこにでもあるものなのだ。
そんなことより、人生は短く、七十歳まで生きた者はこれまでめったにいない。
せめて生きている間、酒でも飲(んで楽し)もうではないか。
花の間に蜜を吸うアゲハ蝶は、奥深いところに見え、
水面に尾をつけているトンボは、ゆるやかに飛ぶ。
風光に伝えよう、私とともに流れてゆこうと、
しばらくの間お互いに賞して、互いに背きあうことのないようにしよう。
【鑑賞 =背景や真意】
乾元元年(758年)、杜甫四十七歳の作。
房琯を弁護したため、粛宗の怒りにふれ、その後朝廷に出仕しても怏々として楽しまない日が続いていた。
そのような晩春の思いをうたう。
せっかく就いた左拾遺の官だったが、天子に疎まれてはどうしようもない。
面白くない心を、毎日酒で癒している。
どうせ七十まで生きられない人生だ、という口ぶりにはデカダン的(頽廃的)な気分が見える。
頸聯の、晩春の景が、何気ないようで、深い味わいを持つ。
深々と花の間に蜜を吸う蝶、ゆっくりゆっくりと飛ぶトンボ、それは、”時よ止まれ”という杜甫の願望の表象だ。
できれば、このゆっくり動く時の流れにたゆたっていたい。
だから、風光よ、ともに流転しよう、と呼びかけるのだ。
なお、有名な「古希」の語は第四句の「人生七十古来希なり」という一句から出たもので、杜甫も古希はは迎えられず五十九歳でその生を閉じている。
【解説】
形式は、七言律詩。 衣・歸・稀 ・飛・違が韻を踏んでいる。
作詩された時代は、盛唐(西暦710~765年)。
【語彙説明】
〇朝囘 ・・・ 朝廷より下がる。
〇典 ・・・ 質入れする。
〇江頭 ・・・ 曲江のほとり。
〇酒債 ・・・ 酒代の借金。
〇尋常 ・・・ 平常、普段。常ひごろ。
〇穿花 ・・・ 花の間に入り込む。
〇蛱蝶 ・・・ アゲハ蝶。
〇點水 ・・・ 水に尾をつける。
〇蜻蜓 ・・・ トンボ。
〇款款 ・・・ 緩緩と同じで、ゆるやかな様。
〇傳語 ・・・ 伝言。
〇共流轉 ・・・ 風光とともに流れてゆく。
〇相違 ・・・ 互いにそむきあう。
【参照文献】
『漢詩の解釈と鑑賞事典』 前野直彬、石川忠久・編 旺文社 1979年3月1日初版