『本朝文粋』 巻第三 橘直幹 『辯山水策文』 (たちばなのなほみき べんさんすい さくぶん)
【ジジイの説明】
「本朝文粋」は日本の古典の、それも模範的漢文となっていたのに、
なんと全篇の読み下し文や現代口語訳が無い!
無いことに驚くべきか!?
読めない自分を嘆くべきか!?
誰か、全篇の現代口語訳をやってくれないか。
<『本朝文粋』 巻第三 橘直幹 『辯山水策文』>
従五位上 行文章博士 橘朝臣直幹問
【現代口語訳】 註:カタカナのルビは名詞
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【読み下し文】
山水を辯ず
從五位上 行文章博士 橘朝臣直幹問ふ。
問ふ。開陽密かに運る、景緯を推して晦冥を轉らす。
積正潛かに凝る、埏紘に布きて山水を分かつ。
斯れ皆坤維の秀麗を表はし、霧を吐き雲を興す。
坎德の靈長を韜み、清を控き濁を引く。
是に錦圖瓊牒、載する所岐多く、土俗鄕風、傳ふる攸趣を異にす。
登臨際靡く、稱謂詳らかにし難し。
故に區宇の地形を括りて、古今の名義を辨へむと欲ふ。
然らば則ち伏羲が姓を立つる、風山何にか基つ。
孫權が銘を見る、浪井焉にか存る。
嵩嶽祕書の谷、誰が隱居と謂はむ。
泗濱浮磬の精、其の名字に昏し。
虁子の國、屈原の鄕、既に俊異善く生まると言ふに、何を以ちてか嶮邪復出づる。
赤城の嶺、雲霧朗らかに開け、瀑布の巖、源流明らかに見ゆ。
便ち神瑞たり、歳年有るべし。
石犬經過に吠ゆ、猶し劉寵が行路に迷ふ。
淵魚笳角に驚く、未だ鄭公が釣潭を辨へず。
子い學府家を承け、詞林葉を累ねたり。
奇文を峻極に疊ねて、華岳の勢削り成す。
奥義を深淵に探りて、黄河の流横に注ぐ。
宜しく明決を詳らかにすべく、齒牙を惜しむこと莫れと。
【原文】
辯山水
從五位上 行文章博士 橘朝臣直幹問
問。開陽密運。推景緯而轉晦冥。積正潛凝。布埏紘而分山水。
斯皆表坤維之秀麗。吐霧興雲。韜坎德之靈長。控清引濁。
於是錦圖瓊牒。所載多岐。土俗鄕風。攸傳異趣。登臨靡際。
稱謂難詳。故欲括區宇之地形。辨古今之名義。
然則伏羲立姓。風山何基。孫權見銘。浪井焉存。
嵩嶽祕書之谷。謂誰隱居。
泗濱浮磬之精。昏其名字。虁子之國。屈原之鄕。既言俊異善生。何以嶮邪復出。
赤城之嶺。雲霧朗開。瀑布之巖。源流明見。便爲神瑞。可有歳年。
石犬吠於經過。猶迷劉寵之行路。淵魚驚於笳角。未辨鄭公之釣潭。
子學府承家。詞林累葉。疊奇文於峻極。華岳之勢削成。
探奥義於深淵。黄河之流横注。宜詳明決。莫惜齒牙。
【語彙説明】
〇開陽(かいよう) ・・・ 北斗七星の第六星の名。
〇景緯(けいゐ/けいい) ・・・ 日や星(の運行)を推進してくらやみを昼へと転回させる。
〇積正(せいきせい) ・・・ 積陰(陰気のこもったもの)の意か。
○埏紘(えんくわう/えんこう) ・・・ 四方八方を言う。埏は地の果て、紘は八紘(四方四隅)の意。
○坤維(こんゐ/こんい) ・・・ 地上の秀麗を表す(地上に高く秀でた山となって表れる意)。坤維は地を支える大綱をいう、大地。
〇坎德(かんとく) ・・・ 水徳(坎は易の卦の名)の最もすぐれたかしらである江河を中に蔵し包容する。
〇清流濁流を引きよせる。控は引は同じ。
〇錦圖(きんと) ・・・ 図書。錦は美称。
〇瓊牒(けいてふ/けいちょう) ・・・ 文書記録。瓊は美称。
〇岐(えだ) ・・・ えだ道、異説など、種類の違うものをいう。
〇土俗鄕風(どぞくきやうふう/どぞくきょうふう) ・・・ 地方郷土の風俗。
○攸(ところ) ・・・ 所と同じ。
〇登臨靡際(とうりんきはな)く ・・・ 登るべき山や臨むべき水(河)は際限がない。
〇稱謂(しようゐ/しょうい) ・・・ 名称。
〇區宇(くう) ・・・ 天下(くぎりの内、境)の地形をすべくくって、一まとめにして。
〇名義(めいぎ) ・・・ 山水の名称の意。辨は判別する。辯と同じ。
〇伏羲(ふくぎ) ・・・ チャイナ古代の伝説上の帝王。
〇孫權(そんけん) ・・・ チャイナ三国時代の呉の初代皇帝。182~252年、70歳没。三国時代は狹義の範囲で220~263年。
〇嵩嶽祕書(すうがくひしよ) ・・・ 嵩嶽は嵩高山のこと(五岳の一つ、河南省にある)の谷間の経書を蔵する石室。
〇隱居(いんきよ/いんきょ) ・・・ 隠れ家。
〇泗濱浮磬(しひんふけい) ・・・ 泗水(山東省に発し、禹の古跡がある)のほとりで拾った磬に似た浮き石の精(もののけ)はその呼び名がわからない。磬は玉や石で曲った長方形に造りつるして鳴らす楽器。
〇虁子(きし) ・・・ 周代の国の名(河北省地方)。
〇屈原(くつげん) ・・・ チャイナ戦国時代の楚の政治家。前343~278年、65歳没。
〇俊異(しゆんい/しゅんい) ・・・ 秀才、才能の士。
〇嶮邪(けんじや/けんじゃ) ・・・ 非常によこしまな者。
〇神瑞(しんずい) ・・・ それは霊妙な瑞祥であって、その年代はどうであろうか。
〇石犬(せきけん) ・・・ 犬の形をした石。
〇劉寵(りうちやう/りゅうちょう) ・・・ 陳愍王。チャイナ後漢時代の皇族。?年~197年。因みに前漢は前206~8年、後漢は25~220年。
〇淵魚(えんぎよ/えんぎょ) ・・・ ふちの魚。
〇笳角(かかく) ・・・ 葦の葉を巻いて作った笛(あし笛)や角笛(つのぶえ)。
〇鄭公(ていこう) ・・・ 桓公(かんこう)のことか。前?年~前771年。鄭の初代君主。周の厲王の末子で宣王の弟
〇釣潭(てうたん/ちょうたん) ・・・ (鄭公が)釣りをした川の淵。
〇子(し) ・・・ 君は。あなたは。
〇奇文(きぶん) ・・・ すぐれた文章。
〇華岳(くわがく/かがく) ・・・ 華山。陝西省にある名山。
〇奥義(あうぎ/おうぎ) ・・・ 文章の奥深い意味。
〇明決(めいけつ) ・・・ はっきりと明快に。
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【出典 参照】
新日本古典文学大系27 本朝文粋 平成4年5月28日発行 岩波書店
日本古典文学大系69 本朝文粋 昭和39年6月5日発行 岩波書店