春本版『四畳半襖の下張』(よじょうはんふすまのしたばり)


 注意!この部屋は、18歳未満入室禁止です!(笑)




 はじめに

春本版の『四畳半襖の下張』を実際に読んだという人は、極僅(ごくわず)かだと思う。

これは、永井荷風が大正六年に発表した短編小説で、当時は好事家(こうずか)の間でだけ読まれていたらしい。

昭和四十七年、月刊誌『面白半分』に掲載され、編集者・野坂昭如氏と出版社が警視庁相手に裁判で争ったので、

一躍話題に上り、多くの人が知ることとなった。 


   奮闘記 その1。 その2。 その3。 その4


まあ、先ずは、全文を読んでみて下さい。


なお、旧仮名遣いで書かれている上、当時の隠語が使われているので、読み難いと思います。

読み難くて、途中で放り出しても構いませんので、チラッと目を通してみて下さい。

「その1」から「その32」の分割は、私が恣意的に分けたものです。



  春本版『四畳半襖の下張』 全文

  その1  その2  その3  その4  その5  その6  その7  その8  その9  その10

  その11 その12 その13 その14 その15 その16 その17 その18 その19 その20

  その21 その22 その23 その24 その25 その26 その27 その28 その29 その30

  その31 その32


  私流の現代口語訳



如何でしたか?


前述の裁判で、特別弁護人の丸谷才一氏が法廷で陳述したのだが、その内容が、三十年間、私を虜にした。

いくら尊敬する丸谷氏とは言え、当初、私は、色眼鏡で見ていた。

  理由の一つは、被告人・野坂昭如氏を友人として庇ったに過ぎないであろうこと。
  もう一つは、猥褻は猥褻、エロはエロ、どう足掻いても、金儲けの魂胆。司法が正しいだろう。

ところが、三十年後の今、ガラリと見る目が異なった。

見る目が異なった原因は、インターネットの普及である。

  今や猥褻動画が、誰にでも簡単に無料で手に入る時代なのだ。
  そして、当局が躍起になっても、海外サーバーを経由していると、手が届かない。
  従って、野放し状態なのだ。

堕落した現代社会、否、自由になった現代において、『四畳半襖の下張』に猥褻の意味があるのか?

この本を取り締まるのなら、弱い者虐めでしかなく、何の効果もない時代になったのだ。


こうなると、三十年前の丸谷氏の主張を、改めて読むと、印象が変わる。


丸谷氏の主張の要旨は次の通り。(詳細はこちら


 検察側の論拠とする「性行為非公然の原則」とは、

 「文書・絵画・写真などでも、露骨かつ詳細な描写を発表すれば、それが見る者に与へる効果は、

 実際の性器露出や実際の性行為と全く変らない。

と、言うものである。

 この主張は、奇怪(おか)しい。

 その理由は、アリストテレスの『詩学』の所謂(いわゆる)、「行為」と「行為の模倣」とを区別しないものであること。

 実際にある男が他の男を殺すことと、芝居のなかである役者が他の役者を殺す演技をすることとが同質になり、

つまりその役者は殺人犯と言うことになる。

 六代目菊五郎もハンフリ・ボガードも死刑にしなければならない。

 そんな馬鹿な話があるものかといふのが、チヤタレー裁判以後のあらゆる文芸裁判における、被告側の言い分である。



 この(くだり)が長年私の心を掴んで離さなかった。


 


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